動脈管開存症の手術〜入院中のエピソード〜前編

病気・手術

むしゃ美は生後3ヵ月(修正2ヶ月)の時に、動脈管開存症に対する手術を受けました。

心臓の動脈管という場所は生まれた時は開いていて、お腹から出てきてから数日以内で閉じていく管です。

しかし、むしゃ美は完全に閉じることはありませんでした。動脈管開存症という病気でした。

早産児にはよくあることで、このまま開いた状態にしておくと、体重が増えない可能性があること、頻呼吸になるリスクがあるとのことでした。

当初は内服で閉じることを期待しましたが、むしゃ美の動脈管を定期的にエコーで観察した結果、閉じていく気配がないということで、手術をすることになりました。

手術名は「経皮的動脈管開存閉鎖術」です。

手術内容は、外科的手術とカテーテル手術があります。

この場合の外科的手術は脇の下の部分を切開して行う手術です。歴史が長いため、治療実績が豊富・安定している一方で、体への負担が大きいのが特徴です。

カテーテル手術は足の付け根の大きな血管からカテーテルを挿入して行う手術です。歴史が浅いものの、胸を開く必要がないため体への負担が小さく受けられるのが特徴です。

むしゃ美が通院していた大学病院はカテーテル手術が可能でした。

私達夫婦は、病院で働いていた経験から、脳卒中や心筋梗塞などでカテーテル治療を受ける患者さんを目の当たりにしており、抵抗がなかったので、カテーテル手術を受けることになりました。

前置きが長くなりましたが、この記事では1週間の入院生活を載せています。読んで頂けると嬉しいです。

コロナ禍での入院

この時期の入院はコロナ禍だったので、かなり制限がありました。

面会は一人まで可能だったのですが、小児の場合親の付き添いが可能なので、実際はその親が面会扱いになり、その他の方が面会することはできませんでした。

むしゃ美の場合、完全母乳で育てていたので、必然的に私が付き添いすることとなりました。

当時、入院1週間前まで里帰りしており、更にその日から手術当日までの1週間は夫が有給を取ってくれていました。

なので、むしゃ美と二人っきり、すなわち完全にワンオペ状態になるのは入院してからが初めてでした。

面会ができなかったので、私が人と話せるのは、たまに来てくれる、主治医の先生や看護師さん、保育士さんくらいでした。

その他の時間はむしゃ美と二人っきり。むしゃ美と一緒とは言えど、誰かと話すことが少なく、とても孤独を感じました。

周りの患者さんに迷惑をかけないか不安になりながらの生活

病院での生活なので、もちろん他の患者さん、そのお母さんもいらっしゃるため、泣き声で迷惑にならないかとても心配でした。

なので、費用は高くなってしまいますが、個室を選びました。

とは言え、個室でも隣の部屋の子どもの泣き声は聞こえる訳で、夜泣きでお隣さんを起こしてしまったらどうしようと毎日ひやひやしながら生活していました。

普段なら泣いていも、どうってことない私ですが、入院中はなるべく泣かないように泣かせないように、なるべく機嫌良くいてくれるように頑張りました。

昼寝中に自分のことをなるべく済ませること

病院なので、体調面の確認、むしゃ美の入浴、点滴などの管理は看護師さんが行ってくれるものの、その他のことは全て親がします。

また私は付き添いなので、食事は出ませんので、他の階にあるコンビニへ自分の食事を調達する必要がありました。

もちろんむしゃ美を部屋に置いていくことはできませんから、ベビーカーに乗せて一緒にいきました。

当時、抱っこ紐がまだ慣れておらず、移動はベビーカーで済ませていました。

しかしむしゃ美が点滴を繋がれてしまっていると、ベビーカーと点滴台を持ってコンビニへ行くことは非効率で大変なので、どうしても連れていくのが億劫でした。

そんなときはむしゃ美が昼寝をして、起きないのを確認してから、ダッシュでコンビニまで走っていきました。

自分のお風呂もそうです。個室だったので、自室内にあるシャワーを使うのですが、それもむしゃ美が寝ている間にパパッと入る必要がありました。

普段、湯船に浸かってゆっくりしたい私にとって、1週間シャワーで済ませるのは体的にこたえました。

看護師さんからは、「保育士さんが病棟にいらっしゃるので、コンビニへ行く、シャワーを浴びるときは呼んでくださいね。」とおっしゃってくれていたのですが、保育士さんも二人しかいらっしゃらないので、初めの方は何だが申し訳なく思ってしまい、頼ることが難しかったのを覚えています。

でも病棟ではむしゃ美が一番小さかったらしく、いつしか保育士さんから部屋をノックして、声をかけてくださるようになって、そんなときは甘えて、ゆっくりコンビニへ行ったり、シャワーを浴びたりすることができました。

保育士さんの偉大さ

むしゃ美はまだ3ヶ月で、日頃関わっていたのは私と夫と、私の両親だけでした。

なので、この入院で初めて保育士さんに出会ったのですが、率直に言って「保育士さん!すごすぎる!!」と思いました。

日中は、なかなか眠れないとくずりまくるむしゃ美。なので、一生懸命抱っこして、ゆらゆらして立ってあやして、抱っこしてスクワットして歩き回ってなど、さまざまなことをしてやっっっっと寝かせれる私なのに、保育士さんの手にかかれば、一瞬にして寝てしまうむしゃ美。

「ひえーーーーー!なぜだむしゃ美ーーーーー!!!」と私は心の中で叫びました。

本当に一瞬にして眠ってしまうので、何が違うんだろうと保育さんの動きをしっかり観察していたのを覚えています。

どうやら抱っこしながら、お尻ポンポン。それも規則正しいポンポン。そしてオルゴールの音。

更に包みあげてくれるような優しい声掛け。「ねんねだよ〜〜。ねんね。」

うむ。素晴らしい。実に素晴らしい。私、真似しなければ。と思いました。

それからさまざまなことを保育士さんに教えてもらいました。

「むしゃ美様。少しは上手になりましたか?お母さん。。。ニヤニヤ」と内心思いながら、日々今でも、抱っこして寝かしつけをしています。笑

手術日前日

入院3日目、手術が翌日に迫った日、主治医の先生から説明を受けることになりました。

むしゃ美は保育士さんに預けて、私は別室にて説明を受けました。

主治医の先生から手術の方法、合併症のリスクなどを淡々と説明を受け、流れるように終わったのを覚えています。

そして「何か質問はありますか?」と聞かれるのですが、何から質問して良いのかわからず、黙ってしまいました。

「またわからないことが出てきたら、言います。」と伝えたような気がします。あまり覚えていません。

そして、部屋に戻って渡されたたくさんの書類に署名していくのですが、書類一つ一つ読んでいくと、合併症のリスクなどを詳しく載っており、熟読していたら涙が出てきました。

「手術を受けることで、こんなにたくさんのリスクがあるんだったら、しない方がマシなんじゃないか。生きて帰ってこれるの??」と色々考えていると、さらに涙が込み上がってきて、書類を見ながらぽろぽろ涙が出てきました。

そんな時に看護師さんが来てくれて、「大丈夫ですか???」と慌てて駆け寄ってきてくれて、話を聞いてくれました。

「お母さん、心配で涙が出てくるのは当たり前な反応だと思います。医師はしっかり説明する必要があるので、聞いていて心配になるのは当たり前です。」と慰めてくれました。

医師は治療方針から、リスクも含めて全て家族に説明することも仕事。

医療職である私はしっかり認識しているつもりではありましたが、やっぱり自分の家族のこと、娘のことになると、「本当に生きて戻ってこれるのか」、「手術が失敗したらどうしよう」、「娘がかわいそう」という思いが強くなり、大泣きしてしまいました。

でも、私の思いを看護師さんに全て話して受けて止めてもらうことで、とても心が軽くなったことを覚えています。

看護師さんが退室された後も、部屋の空気がやや重たくドヨーンとしていたためか、それを感じたむしゃ美は大泣き。入院してから、初めての大泣きっぷりでした。

私の涙は止まったものの、むしゃ美は抱っこしても、全く泣き止まず、次第に私がイライラしてきてしまい、次来てくださった看護師さんに良くない口調で話してしまったことを覚えています。

すみません。。。

ものすごく長文になってしまったので、前編はここまでです。続きは後編で。手術当日のエピソードから書いていますので、そちらも読んでくださると嬉しいです。

病気・手術母の想い

30代 元作業療法士 専業主婦
長女(むしゃ美)の病気や障がい、リハビリや発達
障害福祉サービス
今までの経験、気づき、考え方などを発信中
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むしゃ美(長女)
卵円孔早期閉鎖、動脈管開存症(Ope済)
脳室周囲白質軟化症(PVL)、脳出血、点頭てんかん(服薬中)
脳性麻痺に対して、PT・STあり。発達ものすごくゆっくり

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