過去の自分へ一言「医師って予後を悪く見積もって話すから気にしなくていいよ」

母の想い

こんにちは、むしゃむしゃブログに住む、むしゃ子です。

今回は、むしゃ美(長女)の脳の病気がわかり、発達についての予後を医師から告げられた時の話です。

この記事は、診断や予後を告げられて、また、境遇を受け入れ切れずに、目の前が暗くなっていたり、先行きに不安を抱いたりしているお父さん・お母さん、そして当時、どん底になっていた私へのメッセージです。

捉え方、人それぞれだと思いますが、今の私の素直な思いです。

お時間があれば、是非、読んで頂けると嬉しいです。

MRIの結果、「脳に所見がある」ことがわかり、どん底に突き落とされた

私の長女、むしゃ美は、35週で生まれ、心臓の病気(卵円孔早期閉鎖)によって、初めは自発呼吸が難しく、高度な治療が必要な状態でした。

そのため、NICUでは、人工呼吸器での酸素療法も必要でした。

状態が安定して数日が経った頃、脳のMRI画像を撮ることになりました。

 

丁度、私が先に退院し、面会に訪れたときでした。

小さな可愛い、むしゃ美。

私は、数日ぶりに会えて、とても幸せな時間を過ごしていました。

そんなところに、主治医の先生が看護師さんと共に、私たち親子のもとに近寄って来てくれました。

「この前、脳のMRIを撮らせて頂きました」と。

 

「そうですか、所見はありましたか?」と、恐る恐る、私が聞くと

「はい。所見はありました」

 

 

 

目の前が、完全に真っ暗になりました。

 

以前に先生が、頭蓋骨の骨と骨の隙間から、エコーで脳の状態を診たところ、

「もしかしたら所見があるかも」

ということだったのですが、私はどこかで

「どうか、所見はありませんように。エコーでの結果が間違いでありますように」と

強く願っていただけに、

主治医の先生の「所見がありました」の一言で、どん底に突き落とされた気分でした。

 

そして、主治医の先生は

「MRIの結果を詳しく説明させて頂きたいのですが」とおっしゃられ

「もし可能でしたら、お父様にも」と。

 

本当は耳を塞ぎたかったけれど、説明を聞かざるをえなかった

産後すぐの母親は、頭の回転が鈍く、ぼーっとしていることが多いため、

重要な話はいつも「お父様も一緒に」と言ってくださっていた先生。

夫と共に、話を聞けるので、「心強い」、と思ったと同時に

「また耳を塞ぎたくなるような話を聞かないといけないのか」と思いました。

 

子どもの話。

病気、障がい、治療、予後など。

子どもが生きていくための重要な話であり、親として説明を受けて、今後どうしていくべきなのかを、しっかり受け入れていく必要がありました。

しかし、母親になって間もない私。

全てを受け入れる必要があるものの、この時の私は、自分の我が子の病気についての事実をすんなり受け入れる大きな器なんてありませんでした。

 

本当に耳を塞ぎたくなる。

「もう、これ以上、話さないで!先生!」と言いたいくらいでした。

でも、そんなことなんて、言っていられないので、

親として、母親として、産後間もない頭をなるべくフル回転させながら、必死に話を聞きました。

「歩ける子もいる」という言葉が深く私の心に張り付いた

このとき、夫は他県にいて(私が帰省しているときにかかった大学病院だったので、夫は他県在住扱いになっていました)、コロナ禍で病院に入ることすらできなかったため、リモートで説明を受けました。

夫は説明を受ける前に主治医の先生に許可いただき、録音してくれていまいた。

そして、聞いた後、文字起こししてくれて、今でもその記録は残っています。

 

これが、大事なメモの要約です↓

 

MRIの結果から

・脳の左右の一部分に出血(脳実質内出血)を疑う所見あり。

・梗塞像があり、脳室周囲白質軟化症(PVL)と呼ばれる所見あり。

今後予測されることは

・歩ける子もいるが、痙性麻痺が出てくる可能性は十分に考えられる。

・発達の程度は、脳の生きている部分がたくさんあるので、子によってマチマチ。発達がすごく遅れる子から少しの遅れで済む子とさまざま。

・もしも脚が硬くなってくる所見あれば、早期からリハビリの介入も必要。

・脳の損傷部位からは、脚の痙性麻痺が起こりやすいので、早期にリハビリ介入できるように大きな病院でみて行く必要あり。

 

改めて、今、私、この記録を読んで、こうやってブログにまとめていますが。

当時は、本当に辛かったな…と思い出しました。

パソコンに向かっているのですが、画面がぼやけて見えません、今。

思い出すと、涙が出て来ます。

 

本当に、どん底だったのです。

 

説明を受けたとき

「歩ける子もいる」というワードが、ものすごく自分の心に張り付いてしまいました。

すなわち、「歩けない子が多数」という意味に思っていました。

私は、

「私の娘、歩けなかったらどうしよう」

「リハビリが必要になるって、こんな小さいのに、かわいそう」

「普通に生活できなかったらどうしよう。かわいそう」

「私が、頑張って育てなきゃ」と

むしゃ美が、今後どうなっていくのかわからないから、不安で不安で仕方がなかったのです、当時。

医師は最も悪く見積もって予後を告知する

主治医は、病気のこと、障がいのこと、治療のこと、予後のことなど、全てをわかりやすく患者に説明する義務があります。

なので、予後に関しても、主治医の先生なりに、わかりやすく説明してくださっていました。

しかし、やっぱり、生まれたすぐの小さな我が子で、ものすごく大切だからこそ、

その説明は、本当に聞きたくなかった話。

それからは、落ち込み、不安になり、毎日泣く日々。

「なぜ、私の子どもがこんな目に遭わなきゃいけないの」と思っていました。

 

「予後」に関しては、とても気になる部分でした。

赤ちゃんなので、成長と共にどのように発達していくのか、未来がわからないので、

「病気」「障がい」の要素が加わってしまうと、一気に不安が大きくなりました。

 

むしゃ美の場合は、「今後、歩けないかも」という要素。

「車椅子が必要なのかも」ということ。

先生も、医師ではあるけれど、神様みたいに全てがわかっている訳ではないから

最も悪い方へ見積もって、説明してくれていたと、私は思います。

 

むしゃ美が1歳の時に一家が引っ越して、通うリハビリが変わったのですが

そこでも、初めの診察のときに、先生に言われた言葉は

「(発達・成長しても、最終的には)伝い歩きまでかな」でした。

これは、腕の支持がないと、歩けないという意味です。

この言葉も、最も悪い方へ見積もっての言葉だと、私は思っています。

 

 

だから、「諦めないし、歩かせてみせるし。絶対に歩かせてみせるし!」

と思っています。

 

当時の自分へのメッセージ「気にしなくていい。もっと力を抜いて行こう!」

今は1歳10ヶ月になったむしゃ美ですが、首座りは完全ではないけれど、寝返りするようになりましたし、今後は装具を使った歩く練習もしていきます。

諦めない精神で、今後も母によるスパルタリハビリを継続していきます。

 

そして、あの時の私に伝えてあげたい。

「今は、こんなに幸せな毎日だよ」

「障がいがあったとしても、成長がものすごく遅くなったとしても、それでも可愛いんだよ、むしゃ美は、病気があってのむしゃ美なのだよ」

「とりあえず、めちゃくちゃ可愛いんだよ」と。

そして、

「全て自分で背負う必要なんてない。周りにそれぞれのスペシャリストが揃っている。もっと力抜いて行こう!!周りを頼って行こう!!」

まとめ

今回は、当時、医師に脳の病気について告知を受けたときに、どん底に突き落とされた気持ちになり、不安で不安で仕方がありませんでしたが、

今となって思うのは、医師は予後を最も悪く見積もって告知されたと思うのです。

誰かの参考になれば、良いなと思います。

以上です!最後まで読んでくださってありがとうございました。

母の想い

30代 元作業療法士 専業主婦
長女(むしゃ美)の病気や障がい、リハビリや発達
障害福祉サービス
今までの経験、気づき、考え方などを発信中
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むしゃ美(長女)
卵円孔早期閉鎖、動脈管開存症(Ope済)
脳室周囲白質軟化症(PVL)、脳出血、点頭てんかん(服薬中)
脳性麻痺に対して、PT・STあり。発達ものすごくゆっくり

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