年末の検査入院〜突然主治医からの電話でショックを受ける〜

母の想い

こんにちは、むしゃむしゃブログに住む、むしゃ子です。

年末にむしゃ美が急に検査入院となりました。

入院中にあった出来事を一つ一つ書いていきます。

今回は、入院が決まった時の私の心情です。

最後まで読んで頂けると嬉しいです。

脳波の結果は期待していなかった

前回の記事は「脳波をとって大激怒」でした。

その続きです。

 

12月中旬に大学病院で脳波をとりましたが、

正確にとれているかは定かではなく、

もし、とれていれば、

12月下旬に予約している診察で結果を聞く予定でした。

(詳細は「脳波をとって大激怒」の記事を参照ください)

 

その診察日は、12月最後の水曜日。

年末でした。

 

私自身、脳波をとったときは、むしゃ美に対して、

怒りの感情が爆発しましたが(行動はしていませんよ笑)

その数日後には、気持ちがクールダウンされ

「脳波の結果が、得られていたら、それはそれでOKだし、

もし取れていなかったら、来年早々に再チャレンジすれば良いわ〜」

という、軽い気持ちでいました。

 

なので、脳波の結果を聞けるだなんて

思ってもみませんでした。

 

いつも通りの火曜日

診察日の前日。そう火曜日。

『いよいよ明日。どうかな〜結果聞けるかな〜』と思いながら、

むしゃ美を日帰りの医療型短期入所に連れて行きました。

(むしゃ美は毎週火曜日に1日預かってもらえる福祉サービス利用しています。詳細はこちらの記事を参照ください)

 

この日は、私の夫であるむしゃ夫も休み。

なので、二人でむしゃ美をお見送り。

 

30分かけて、ようやく病院に到着。

毎回、コロナの検査があります。

検査を受けるため、いつも通り、病院へ到着の電話をする私。

そして、車の背後にある看護師さんの出入り口を

ドアミラーで気にかけながら、夫と何気ない話をして待つ。

 

待つこと数分、

ドアミラー越しに看護師さんが目に入り、

その姿はどんどん大きくなる。

「検査しますね〜」

と言って、後部座席へ移動する看護師さん。

「ごめんね〜」という声と共に、窓の外から看護師さんの腕が伸びて来た。

ガシッと、頭を掴まれたむしゃ美。危険を察したのか、

「うわ〜ん!うわ〜ん!うわ〜〜〜〜〜ん!」と叫ぶ。

 

その声に毎回、「ごめんよ〜〜泣泣」とむしゃ美への申し訳なさでいっぱいになる。

 

検査自体はすぐ終わり、

「結果が分かり次第、また電話しますね〜」と言って、

看護師さんは、来た道を戻っていった。

 

助手席で見守っていた夫も、「痛かったね〜泣」と言いながら、

声色に申し訳なさが溢れ出ていた。

 

むしゃ美が泣き止むと、

夫婦の何気ない会話が再開した。

 

急に主治医から電話が来た

「ジリジリジリジリーーン」

 

『もうコロナの結果がわかったの?』と思いながら

携帯の画面を見てみると

見覚えのある数字が並んでいる。

しかし、短期入所先の病院とは明らかに違う数字。

「大学病院だ!!」と私は叫んだ。

「出たほうが良いよね?え、出ていいですか?」と慌てながら

私はなぜか、夫に許可を得る。

 

「もしもし〜」

「むしゃ美ちゃんのお母さんですか?」

電話の向こうでは、聞き慣れた声が聞こえる。

大学病院の主治医の先生からだった。

内心、『うわ〜、何か嫌な予感がする…』と思いながら、

私は、電話に釘付けとなる。

 

「この前の脳波で、神経の先生(小児神経の医師)から

てんかんのようなものが見つかったと連絡がありました。

明日は12時に僕の診察が入っていると思うのですが、

その前に神経の先生から話をしてもらえたらと思っています。

神経の先生が恐らく10時ごろみえるそうなので、

その時間に来てもらうことはできますか?」

 

「はい!行きます!」

と、かなり動揺しながら私は言葉を放つ。

 

「それで診察が終わったら、それから入院してもらって、

夜眠っている時の脳波をとります。

その結果から、薬の種類と量の調整をしていくことになります。

なので、明日、入院するための荷物も持って来てください」

 

『まじか〜〜〜〜泣』と内心、嘆く私。

 

「入院はどれくらいになりそうですか?」と私が質問すると

 

「薬の種類をどれにするか、そして、量を調整するので、

実際にどうなるのかは、わかりません。

ですが、なるべく自宅で年末年始を過ごしてもらったほうが、

僕らも良いと思っているので、少しでも早めに退院してもらうように

したいと思いますが、何とも言えません」

 

再び『まじか〜病院で年越す可能性もあるのか〜』と

内心思いながら、

「わかりました」と先生に伝えた。

 

そして、電話を切った。

 

そしたら、横に看護師さんがいた。

「陰性だったので、入ってもらって良いですよ〜」

本来だと、電話で結果を受けるのだけれど、

こちらは急な電話が入ったので、出られず。

心配して、車まで口頭で伝えに来てくれた。

 

電話で主治医の先生に説明されたことを、全て夫に伝え、

むしゃ美をベビーカーへ乗せて、いざ病棟へ。

頭が混乱した

ざわざわざわざわ〜なのか

モヤモヤモヤモヤ〜なのか

よくわからないけれど、私の頭の中は混乱していた。

 

「脳波で、てんかんが見つかったのか」という

急に現実を突きつけられたことに対するショックと悲しさと

 

「これからむしゃ美は薬を飲んで生きていかないといけないのか」という

むしゃ美に対する可哀想で申し訳ない気持ちと

 

「明日から入院か、準備をせねば」という焦りと

 

「明日から私も付き添い入院だから、これからはコンビニ飯か」という悲しさと

 

「今日までに美味しいものを食べておきたい」という急な願望という、

さまざまな気持ちが、混ざり込んでしまって

 

さっきまで考えていた「次のブログ、何書こうっかな〜」みたいな、

ルンルンな気持ちはどっかに行ってしまった。

 

「うわ〜〜〜、また入院か、付き添い入院か」と。

 

なので、このような精神状態で、新たなブログを書けるはずもなく、

さらに、今受講している講座の宿題のことなんて考える余裕が、

本当に無くなってしまったので、

敢えて、考えることをやめた。

「無理です、考えられません!!!」

 

 

そんな形で、私が悶々と、していることを察してくれた夫は

「美味しいラーメン食べに行こう、しばらくコンビニ飯になるのだから」と言ってくれて、

病院からの帰りに直行しました。

 

結局、今となっては、

12月中旬に、2日間連続で、片道1時間半かけて大学病院に行き、

脳波をとったから発見された、むしゃ美のてんかん。

「早めに動いたことで、早めに発見することができたから、とりあえず、自分にあっぱれをあげよう!」と思いました。

 

まぁ、ひとまず、一本の電話で

ものすごくショックを受けて、混乱した1日でした。

 

以上、最後まで読んでくださってありがとうございます。

母の想い

30代 元作業療法士 専業主婦
長女(むしゃ美)の病気や障がい、リハビリや発達
障害福祉サービス
今までの経験、気づき、考え方などを発信中
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むしゃ美(長女)
卵円孔早期閉鎖、動脈管開存症(Ope済)
脳室周囲白質軟化症(PVL)、脳出血、点頭てんかん(服薬中)
脳性麻痺に対して、PT・STあり。発達ものすごくゆっくり

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