出産は壮絶だった!

自己紹介

こんにちは、むしゃむしゃブログに住む、むしゃ子です。

今回は、妊娠から、私の長女、むしゃ美を出産するまでの出来事をまとめました。

現在は1歳半になる、むしゃ美(長女)。

今思えばとても壮絶な出来事でした。

興味があれば、是非読んで頂けると嬉しいです。

妊婦生活。腹痛で急に産休に入ったものの、比較的順調だった

妊婦健診は家の近くにある、比較的綺麗で、お気に入りのクリニックにて受けました。

初めての出産・子育てだったので、里帰り出産を考えていました。

働きながら妊婦生活。

私は作業療法士で、介助をする場面が多いので、職場に協力をしてもらい、体への負担を少なくした状態で仕事を行いました。

それでも、お腹が大きい状態で病院内を歩き過ぎてしまい、夕方頃から真っ直ぐ歩けないほど下腹部が痛くなることが続きました。

直ぐに受診した結果、産前休暇の3週間ほど前から休暇を取得することになりました。

早めに休みに入ることになったものの、有難いことに妊娠初期から出産まで悪阻はなく、妊婦検診も異常なく、順調に生活ができていました。

しばらく安静ののち、落ち着いたタイミングで片道3時間のところにある実家へ帰省しました。

里帰り中は、何もかも母親がお世話をしてくれて、感謝

里帰りすると、母親が全て食事と洗濯をしてくれました。

「出産は何が起こるかわからないから」と母なりにいろいろ考えてくれて、お世話をしてくれて、本当にありがたかったです。

お腹の大きさは自分が予想しているよりも、大きく、

「これ以上大きくなったら皮膚がちぎれてしまうのではないか」とやや不安になりながら、生活していました。

それでもお腹にいる赤ちゃんがとても愛おしく、

持っている聴診器で赤ちゃんの心臓の音を聞いたり、

胎動にびっくりしたりと初めて経験することばかりで、

妊婦生活を楽しみながら生活していました。

突然の破水に驚いた

出産予定日の約1ヶ月前になり、そろそろ入院グッズを揃えるため、準備するものをリストアップしていた頃でした。

朝6時頃、パッと私は目を覚めました。

トイレに行きたくて起きあがろうとしたのですが、腹痛があったので、じっとしていました。

そして、痛みがなくなって、体を起こした瞬間。

下腹部が「ドボッ」という音。

「ん?なんだ?」と思いながら、立ち上がった瞬間

「ドバドバドバー」と、何かが流れ出ていく感覚。

「え!?え!?お漏らし!?お漏らし!?」

急いで止めようとするのですが、全く止められず。

小走りで、トイレに行き、見てみると、流れていたものはピンク色。

後から、急いで追っかけて来てくれた、母親と目が合い。

「破水だね」と、二人で頷きました。

直ぐに母親が、あらかじめ購入しておいた産褥パッドを持って来てくれて(今思うと、買っといて良かったーー!)

「あー、来てしまった、とうとう来てしまった。でも予定日よりも1ヶ月まだあるんだが。。。」と思いながら、持って来てくれたパッドをつけて。

直ぐに、クリニックへ電話をしました。

電話の向こうの看護師さんが、「すぐに来てください!」と言ったので、

簡単に最低限だけ準備して。あらかじめ、入院グッズを書いたリストを母親に渡して。

パジャマのまま、車に乗り、母親の運転のもと、クリニックへ。

内診してもらい、先生が「うん。破水だね」と言いました。

 

現在35週目。

このクリニックでは、37週以降ではないと出産はできないとのことでした。

なので、出産を受け入れてもらえる病院へ移動する必要がありました。

直ぐに、ベッドへ寝転がり、点滴(張り止め)針を刺してもらったあと

救急車の音が聞こえ初め、だんだん大きくなり。

救急隊員の人が、何やら大きなものを持って来て、

私は、そこに寝転がらせてもらい、救急車の中へ。

一緒に、クリニックの先生と看護師さんが乗ってくれました。

 

実家周辺には、NICUがある病院はなかったので、1時間半かけて総合病院へ向かいました。

若干不安になり、先生に私は尋ねました。

「赤ちゃんは大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。35週だから、帝王切開になるかもしれない」と。

横に座っていた看護師さんが「帝王切開だから、痛くないわよ。大丈夫よ」と

横になっている私に優しく、声かけてくれました。

「なぜ、破水してしまったのでしょうか?」と、再び先生に尋ねると。

「子宮の中が、感染しやすい状態だったのではないかな。もともと膣内がかぶれており、感染が起こりやすかったんだと思う」と、説明されました。

出産は壮絶!

朝の9時半に総合病院に到着。

私は、部屋に運ばれ、上向きに横になっていたら、女の先生が防護服を着て現れた。

やはり、まずは、コロナの検査。鼻グリグリされ、数分後に陰性がわかり、

直ぐに、内診してもらいました。「1cmだね」と。

その後、今後の流れをその先生から説明を受けました。

・破水してしまったため、ずっとお腹の中に赤ちゃんをとどめておくと、感染リスクが高くなることもあり、すぐに出してあげる必要があること。

・明日になっても陣痛が来なければ、陣痛促進剤を打つこと。

・しかし35週では促進剤が効かない可能性があるため、その場合は帝王切開になること。

私は、「促進剤」という言葉が出てきた瞬間、

「促進剤は嫌だーーーー!!」と心の中で叫びました。

促進剤を打つと、ものすごく痛くなると聞いたことがありました。

なので、自然に陣痛がくることを、心から願いました。

 

一通り、説明を受けた後、早速陣痛室へ移動しました。

急な入院であったため、さまざまな職種の方が私のベッドサイドに来てくれて、話を聞いて、書類を書いての繰り返し。

ゆっくりする暇がないまま、あっという間に夕方になってしまいました。

そしたら夕方くらいから、痛み始めて、18時頃から本格的な陣痛が始まりました。

「お?来たか?自然に来てくれたか??」と。

どんどん、痛みが増して来たので、「どんどん痛くなれーー!!促進剤なんて、絶対使わないぞーー!!」と、喜んだと同時に

「始まってしまったのか。。。」と、出産に向けて自分の体がどのように変化していくのかわからず、不安になりました。

そして、どんどん強くなっていく陣痛。

合間合間に、家族とLINEするなどの余裕はありました。

しかし、21時頃から徐々に骨盤が潰れてしまいそう。坐骨が激痛。

横になっていると、痛みに耐えるのがしんどい。

なので、ずっとベッドの脇に座って、痛みを耐える。

いきみたいのに、いきめない辛さ、しんどさ。

「よく聞くやつだよ、やっぱり辛いよ。いきみたいよーー!!」

いきみのがしが、本当に辛かった。

「ふーーーー、ふーーーー、ふーーーー」

呼吸を意識して。全身に力が入らないように。呼吸を意識して。

痛みに耐え続けました。

コロナ禍だったので、家族の付き添いはなし。

有難いことに、看護師さんが常についてくれました。

陣痛の合間は、痛みは全くないので、看護師さんと他愛のない話をしてみたり。

陣痛がきたら、「ふーーーー、ふーーーー」の繰り返し。

腰を押してくれて、寄り添ってくれたので、本当に心強かった。

 

35週で赤ちゃんの頭の大きさが直径8cm。

子宮孔が8cmに開いた段階で、分娩室へ移動。

助産師さんが、準備してもらっている間、座って待機。

座っている方が、陣痛が楽に感じたから、陣痛の合間合間はおしゃべり。

今思えば、とても冷静でした。

 

そして、午前2時半頃。分娩台に上がりました。

「ウォーーー!痛いーーー!!」

やっぱり、横になった方が、とてつもなく、痛い!

そして、全然いきみを逃すことができず、「我慢ができないです!いきんでしまいます!」と伝えたら、

「いいよ!いきんでも良いよ!」と助産師さんが言ってくれたので

全力で、本当に全力で、いきみました。

 

それから、何回かの陣痛でいきんだ後、やっと小さな頭が出てきました。

「次にいきめば出てくるよ!」と言われ、

全力でいきむのに、出てこず。。。

陣痛があるときは、必死にいきむので、そんなにわからなかったのに

頭が挟まった状態で、陣痛がない時の、痛いの痛いの!!

「いってーーーーーー!!!」

そして、次の痛みで、「これでもか!!!」という勢いで、力むと、

やっっっっとこさ、赤ちゃんが出て来ました!!

分娩台に上がって45分ほどで出て来ました。

 

赤ちゃんがすんなり出てこなかった理由は臍の緒が二重になって首に巻き付いていたことでした。

「はぁ。やっと終わった」

本当に、今思えば、出産は壮絶でした。そして、

「私の中から、赤ちゃんが出てくるなんて、神秘的やな」と。

しみじみ思っていました。今思えば、とても冷静でした。

縫われる痛みは激痛!

テレビなどで見た出産シーンでは、お腹から出て来た瞬間、「オギャーオギャー!」と泣いているのが普通であると思っていたのに、

私の赤ちゃんは、出てきた瞬間泣くことはありませんでした。

緊迫した状態でした。

NICUの先生や看護師さんは一生懸命対応してくださっていました。

私のお腹をグリグリ押す、産科医の先生と、助産師さんも、心配そうに、

その緊迫した状態を見守っていました。

いまいち、私は状況が掴めず。

赤ちゃんが、大変な状況だったなんて、その時は、わかりませんでした。

多分、出産後で、頭がぼーっとしており、

よくわからないまま、その様子を見守っていました。

 

先生と助産師さんにグリグリしてもらって、やっと胎盤が出てきました。「ニュルン」と。

今回私は会陰切開をしませんでしたが、赤ちゃんが出た瞬間に会陰は破れたそうで、縫う必要がありました。

 

「麻酔を打ちますね」と先生に言われ、「プスッと」何箇所か刺され、

そして、次の瞬間、「ブサッ」と針で刺され、糸がスーッと走りました。

そう、縫われる痛み、激痛すぎて、「いっっっった!!!!」と叫びました。

おそらく、全く麻酔が効いていなかったのです。

「陣痛よりも痛い!!!!」と、思いました。

本っっっ当に、めちゃめちゃ痛かったんです。

「この人!鬼!!!!」と思ったくらいです。

 

直ぐに先生は、手を止めてくれて、麻酔を追加してくれました。

痛みが治まり、ホッとした時に、再び、赤ちゃんの方に目を向けると、

なんと、小児科の先生が、赤ちゃんの口の中に器具を入れる瞬間を目撃しました。

「挿管」といって、うまく呼吸できない場合に、器官に管を入れて、人工呼吸器をつけて、呼吸を補助するための処置です。

「へ??挿管??」と、心の中で呟きました。

「なんで??」と、全く状況が読めずでした。

 

一通り、赤ちゃんへの処置が終わった後、助産師さんが、私の携帯を持っていき、

何枚か写真を撮ってくれました。

離れ離れになることを見越して、撮ってくれだんたと思います。

そして、

「お母さん、赤ちゃん大丈夫ですからね」と小児科の先生が私に声かけてくれた後、

赤ちゃんのベッドを押して、分娩室から退室されました。

赤ちゃんはNICUへ運ばれていきました。

 

全てが終わったのは、夜中の4時。

助産師さんが、「ここで寝てても良いよ。疲れたでしょ。お疲れ様でした。よく頑張りました」と言ってくれました。

いつの間にやら寝てしまい、次、起きたら朝の7時でした。

出産が終わって心の底からホッとした

出産後、動くと、縫ったところが痛すぎて、痛み止めを飲みました。

座ると、縫ったところが、引き伸ばされて、激痛で、

普段のようには座れず、円座に座ることで痛みを和らげながら生活しました。

 

出産を終えてから、女性として大仕事をこなしたと、

心の底から思うことができました。

出産って、「命懸け」というけれど、本当だ。

出血量は500mlくらいで、多量にはなるものの、

何事もなく、出産を終えて、本当にホッとしました。

まとめ

今回は、妊娠から出産までのエピソードを具体的に書きました。

ものすごく大変でしたけど、自然分娩を経験できて良かったなと思います。

次の記事では、生まれた赤ちゃん、長女のむしゃ美についてです。(こちらをクリック)

そちらも読んで頂けると嬉しいです。

以上です!!大変長くなりました!最後まで読んでくださってありがとうございます!

自己紹介

30代 元作業療法士 専業主婦
長女(むしゃ美)の病気や障がい、リハビリや発達
障害福祉サービス
今までの経験、気づき、考え方などを発信中
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むしゃ美(長女)
卵円孔早期閉鎖、動脈管開存症(Ope済)
脳室周囲白質軟化症(PVL)、脳出血、点頭てんかん(服薬中)
脳性麻痺に対して、PT・STあり。発達ものすごくゆっくり

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